2011年6月18日土曜日

キーアカ番外編の開催決定!

キーアカの少し早いですが、夏の暑気を迎え撃つ会を開催したいと思います。

本来の勉強会とは違う番外編なので、気軽に参加を~♪




【詳細】

日時 : 6月24日(金)19:00(開宴予定)

場所 : 琉球空間 にらいかない
    (住所) 徳島市 鷹匠町1-9 (電話)088-623-0044
     http://ggyao.usen.com/0004048990/

会費 : 4千円~5千円程度を予定(頭割りで)
   



   
備考 : 飲み会になりますので、帰りの足の準備を忘れずお願いします。

    
締切日 : 6月23日(木)17:00までに大西へご連絡ください。

2011年6月17日金曜日

レジ袋削減・マイバック推進運動

ドラム缶384億1800万本分使う!?

          ※ドラム缶1本あたり200リットルとしての値

みなさんは、この数が何の量かわかりますか?
これは、日本で1年間に使用されるレジ袋の使用量を原料の石油に換算した数値です。
国民1人あたりが使用するレジ袋の枚数は年間約300枚、国の人口は約1億2806万人です。
単純に計算しても300枚×1億2806万人で年間約384億1800万枚のレジ袋が国内で使用されていることになります。

レジ袋は、主にスーパー等の店舗で買った物を自宅まで運ぶために使用します。持ち帰ったレジ袋は、再利用される方もみえますが、大半はごみとして捨てられます。このような使い捨てによる資源の無駄づかいを無くすため、省資源化とごみの減量化のためにもレジ袋削減運動が必要です。

『レジ袋は、いりません。』

 と、お買い物の際にレジで言うだけで、レジ袋削減運動に参加できます。
  レジ袋1枚でも国民のみなさんが使わなくなれば、とても大きな効果を生みだすことができます。みなさんはレジ袋をもらわない、また、商業者の方はなるべく提供しないようにお願いしたいです。

“マイバック”を持ってお買い物

 お買い物をする、または、した際は、次のようなことに気をつけていただくだけでレジ袋がいらなくなります。

•あらかじめマイバックやマイバスケットを持って出かける。
•少量なら手持ちのセカンドバックやデイバック、服のポケットに入れる。
•缶ジュース1本、ガム1個程度なら、シールを貼ってそのまま受け取る。
•何軒もお店を回った場合は、前の店でもらった袋にまとめて入れてもらう。

 工夫すれば、まだまだ出きることはたくさんあるでしょう。レジ袋削減のキーワードは、『いつでも、どこでも、だれでも』です。みなさんのちょっとした心遣いで簡単に取り組むことができます。

生ごみの水切りは、十分に・・・

みなさんは、ごみ集積所に生ごみを出される際に、水切りを十分にされていますか?
  レジ袋を二重にして出されている場合が多いのですが、水切りを十分に行えば、生ごみ自体が軽くなり、二重にしなくてもすみます。そうすることで、買い物の際にレジ袋をたくさんもらう必要もなくなるでしょう。

ライフスタイルの見直し

近年、地球環境問題がクローズアップされ、「私たちのライフスタイルを見直そう」という意識が高まってきています。レジ袋削減運動は、その先駆けになることでしょう。
  また、リサイクル(再利用)のため、次のような取り組みを行ってみては如何でしょう。

•資源可能な廃棄物の分別収集
•ごみ溶融時に発生するスラグ・メタルを再資源として利用
•ごみ溶融時の熱を回収して電力やお湯として活用

このような活動に加え、市民や商業者等の理解と協力を得て“レジ袋削減運動”や“過剰包装の解消”のような活動を行い、環境に優しい社会づくりに取り組んでいきましょう。

2011年4月24日日曜日

古代食とは

八倉比売神(オオゲツヒメ)伝説 ・・・古事記によると、養蚕・五穀の起源の神で、阿波の国神。

オオゲツヒメ(オホゲツヒメ、大宜都比売、大気都比売神、大宜津比売神)は、日本神話に登場する神。
名前の「オオ」は「多」の意味、「ケ」は食物の意で、穀物や食物の神である。
『古事記』においては、国産みにおいて伊予之二名島(四国)の中の阿波国の名前として初めて表れる。その後の神産みにおいてイザナギとイザナミの間に生まれたとの記述がある。阿波国の名前が大宜都比売とされていることについては、阿波を穀物の「粟」に掛けただけの後附けともされるが、逆に穀物神の大宜都比売が祀られていた国であるからアワの国と呼ばれるようになったとする説もある。


名西郡神山町の「上一宮大栗神社」で祀られている。












阿波国を開拓した阿波忌部族は、大和政権の成立直前の3~4世紀に、全国各地へ進出して麻・穀を植えるとともに音楽・芸能・農業・養蚕織物・建築・製紙。鍛冶などを伝えた際祀族であり、海洋民でもあり産業技術集団であった。

かって徳島(阿波の国)は衣食住の文化。技術で日本をリ-ドしていた時代があった。
阿波国がその前は粟の国と言われていた。一級河川の吉野川中流地域に川島と言う地名がある。

川の中洲に粟を植えたのが始まりと言われ、そこから粟島と言われるようになり粟の国と呼ばれるようになったようである。

701年の大宝律令制度によって中央集権が進み、地方組織の再編が進み七郡体制となり、美馬、麻植、阿波、板野、名方、勝浦、那賀に確立され、その時に国名の表記が、阿波となった。

現在は徳島と言われています。

その足跡の一例として

千葉県勝浦市の遠見崎神社の由来には、「天富命は上古、神武天皇の勅命で四国地方の開拓を終え、東国へ沃穣の地を求め阿波の忌部族を率いて海路を黒潮に依りて、紀伊を経て、此の房総(布良・州崎)に至り、その後関東一円に麻・穀類を植えながら開拓していった。」

「倭国創世と阿波忌部」の著者である林博章先生に教わった中より抜粋。



古代米


●歴史
玄米の色が黒色で果皮・種皮などの糠の部分にアントシアン系の色素を含んだ米。
黒米は、おはぎの起源で古くから祝いの米として珍重されてきたという説もある。また、黒米は滋養強壮に優れ、造血作用があるとされ、薬膳料理にもつかわれている。

とくしまマルシェが、本日開催!!!

徳島産のこだわりの農産物や加工品をパラソルショップで販売する「とくしまマルシェ」が、徳島市の新町川ボードウオークで毎月最終日曜日に開催されます。

マルシェとは、フランス語で「市場」を意味する言葉で、本場フランスのようなおしゃれで楽しい空間で「行くだけで、元気になれる」場所を演出します。












今日は「チャレンジ!家庭菜園フェア!!」が開催されます

野菜やお花などの苗の購入はもちろん、初めての方も安心♪ 

園芸研究家 「生田誠治先生の家庭菜園講習」 もあります!

お花屋さんも増えて、一段と華やかになる 春のとくしまマルシェにぜひお出かけしましょう!


また毎月最終日曜日は、ボードウォークからすぐ近くの紺屋町で新鮮な農産物などを販売する「わくわく日曜市」も開催されています。


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2011年4月16日土曜日

「世のため、人のため」が自分のため・・・

どのような生き方をすれば、自分の幸福と他の人の幸福が一体化するのでしょうか。

自分の幸福と他の人の幸福を貫くものは「奉仕の心」

「世のため、人のために役に立ちたい」と常に願って生きることは、自分の繁栄のためでもあり、同時に社会の繁栄のためでもある。

「自分は幸福であるが、国家や社会は不幸である」ということはありえません。 国家や社会の不幸を願いながら、「自分だけは幸福でありたい」と思っても、両立しないのです。

また、自分が勤めている会社に対して、「給料が上がらないのはけしからん。 こんな会社は早くつぶれてしまえばいい」と思ったとしても、会社がつぶれてしまえば、その安い給料さえ出なくなります。

しかし、これが分からない人が、世の中には数多くいるのです。 個人においても、会社や官庁など、個人の集まりである組織においても、「多くの人の役に立とう」という奉仕の心を持つ必要があります。

奉仕の心によって、個人の幸福と全体の幸福が調和されるのです。

奉仕の心とは、別の言葉でいえば「愛」です。

愛を仕事のかたちで表せば、奉仕の心になるのです。 ところが、これを安っぽい道徳のように考え、本気にしない人がたくさんいます。 彼らは私利私欲、利己心のままに生き、結局は互いに争い合って、不幸をつくり出すことが多いのです。

奉仕の心を持つ人、「世の中のために少しでもお役に立ちたい」と願う人が、この地上に増えていけば、おのずと地上天国が実現します。それが、とりもなおさず繁栄の姿でもあるのです。

繁栄のための考え方として、奉仕の心は非常に大切です。 たとえ個人の仕事であっても、「公(おおやけ)の心」を持たなくてはなりません。

「自分の仕事は社会全体と密接につながっている。自分がよい仕事をすることが世の中をよくしていくことになるのだ」ということを、いつも考える必要があります。 自分も幸福になり、自分のまわりも幸福になること、「他の人が幸福になることは、自分の幸福でもある」と思うこと、これが最大の幸福なのです。

繁栄の法―未来をつくる新パラダイムより

2011年4月2日土曜日

朝令暮改(ちょうれいぼかい)

鈴木敏文セブン&ホールディング会長兼CEOの書籍より


◆挑戦しない限り成功はありえない。挑戦しようとしない人は、仕事をする気がないのと同じである。
◆真の競争相手、それは競合他社ではなく、「目まぐるしく変化する顧客のニーズ」そのものである。
◆売り手にとっての「好都合」は、買い手にとって「不都合」であることが多い。
◆成功体験を否定し、挑戦する意欲を呼び覚ますには、「もう一人の自分」を置いて、自分を客観的に見つめ直すことが大切である。
◆潜在的な顧客ニーズを掘り起こすためには、「仮説と検証」という作業を通して「顧客に聴く」ことが欠かせない。
◆仮説は、単に専門的知識を勉強するだけでは生まれない。常に「顧客の立場」に立って考えることが仮設の原点である。
◆変化の激しい時代には、先手を打てることより、「朝令暮改」を行えることこそが、本当に求められる仕事力である。
◆経営の原点は「基本の徹底」にある。これができて初めて変化への対応が可能になる。
◆部下が成果を出せないなら、仕事のやり方や原因の所在をとことん問うことも必要である。それが部下の成長を促す。
◆新しいことに挑戦し、前向きに生きる--こうした生き方ができるかどうかは、「自分を守ろうとする心理」に妥協してしまうか否かにかかっている。

顧客ニーズの変化に対応することが企業の競争力であり、また対応できる原動力は「基本の徹底」である、すなわり「先手より変化」が重要であることを改めて教えてくれます。

2011年3月31日木曜日

絆の回復が復興の道

東工大の上田准教授からこんなメールがきました。
上田さんのお宅もこの震災で大変なんだなー
と思うと同時にさすが上田さん
この震災をきっかけに日本再生を指導していただけると思います。この思いは郡上のみなさんも一緒ですね。

そうそう上田 紀行准教授の奥様はあの有名なNHKの美人アナウンサーの竹内陶子さんです。昨年双子の赤ちゃんが生まれました。
ーーーーーーーーーーーーここから

皆さまお元気でしょうか。上田紀行です。
上田家は乳児二人幼児一人と妻を四国に疎開させ、在宅看護中の母と私が東京残留です。

昨日の毎日新聞朝刊・文化欄〈大震災が問う生き方の転換〉に、「社会への信頼ー絆の回復が復興の道」を寄稿しました。新聞としては長い1700字の原稿です。
この間の思い、そして今後の展望を書きました。
下記のリンクに、記事のコピーがあります。
http://www.valdes.titech.ac.jp/~ueda/mainichi1103.html
また、テキストも以下に貼り付けておきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
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何度も泣いた。何度も心が萎えそうになった。どうしてこんなことが起こってしまったのか。荒れ狂う津波、廃墟となった町々、困窮する被災者の人たち、それが夢であればいいと何度も思った。
このショックを何とか受けとめようと、そして被害から逃れ東京にいる私に何ができるのかを、ツイッターやメールで仲間と発信しあっているときに、福島第一原発の事故がふりかかってきた。乳児と幼児の娘達、在宅看護の母を持つ私は、時々刻々と変化する状況に取り込まれ、更なる大きな葛藤をもたらした。震災の被害には、現地に出向けないものの、何らかの支援はできる。しかし原発の事故は、破滅的なものにならぬよう、ただただ願うことしかできないのだ。

東京の店々から商品がどんどん消えてなくなっていく風景も悲しかった。不安になったら買うしかない。貯め込むしかない。本当の安心は、助け合い、分かち合う人の絆
からしか生まれないのに、この風景は何だろう。隣人が信頼できない、隣人よりも早く買い占めなければと思ってしまう、私たちの「豊かな」社会の貧しさはいかばかりだろうか。
しかし、刻々と悪化していく原発の状況を見ながら、買いだめに走る人たちも責められないとも思った。「何重もの安全装置があり、絶対大事故は起きません」とあれだけ聞かされていた原発が目の前で爆発し、放射能を放出している。それでもテレビでは、コメンテーターが「まだまだ安全です」と言い続ける。いったい何を信じて生きていけばいいのか、と誰もが思う。そして社会への信頼が失われれば、頼れるものは自分の蓄えしかないのだ。

この震災は、これまでの日本社会のあり方、国家像を根本的に変える大きなきっかけになるだろう。社会への不信、それ故の利己的行動、そして絆の喪失。繰り返され
てきたこの悪循環を止め、信頼を回復することなしには、復興は成し遂げられないと思う。
そのためには、まず被災者の徹底的な救済が必要だ。またその救済によって、他の
社会的弱者にしわ寄せが行くことはぜったい避けなければならない。それは私たち国民全体の大きな決意を要求するものだ。しかし、肉親も友人も家も財産も失っても、
支援によって立ち直れるのだということ、それはこの社会に信頼があること、支え合う隣人がいることを、私たち自身に、そして次世代の若者や子ども達に示す、かけがえのない行為となるはずだ。

そして、この社会の「見えない構造」を明るみに出すことだ。他の原発の安全性の見直し、そして原発事故を招いた、情報と利権の隠された構造が徹底的に検証される
ことが必要なことはいうまでもない。そして、それに加えて、私たち自身の「隠された意識」にも気づくことが必要だろう。
私自身、二〇数年前のエコロジー隆盛の時代に、今日の状況をもたらす原発の問題点を知ってはいた。しかし、東京電力の原発が管轄外の新潟と福島にあるように、原
発は距離的に遠く、さらに「過疎の地域の人たちが危険と引き換えに豊かになる道を選択したのだから」といった、隠れた合理化によって、原発を意識から消し去ってい
たのだと、いま気づかされた。都合の悪い事実を隠して見えなくするのは、私たち自身の意識の特性でもあるのだ。

私たちに必要なのは「ビジョン」である。数万人にも及ぶ死者、数十万人の被災者、甚大な物理的被害は、今後何年間も「対応に追われる」状況を生み出し続けるだろ
う。
しかし、それを「追われる」と受動的に捉えるのか、ビジョンを持って新しい社会を創り出すプロセスと捉えるのかで、実質は異なってくる。例えば、被災者を受け入れ、
市とNPO等の官民一体で、地域の人たちとの交流の中で生活相談や自立支援に取り組む「『絆』プロジェクト北九州」には、単なる対応ではなく、新しい地域創造というビ
ジョンがある。 亡くなった方々がひとりひとり大切に供養されること、被災者の方々の声に時間をかけて耳を傾けること、救助、支援に献身している人たちに心からの感謝を伝え、そして私たちも長期にわたっての支援の覚悟を持つこと。そうしたひとつひとつの行為と思いが、この国の新しいビジョンをひらいていくことを心から願いたい。